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薬に溺れていた時期もあった、、、。



減断薬について、オルちば副代表の藤巻さんが自身の経験などを書いて下さいました。

是非ご覧頂けたら幸いです。




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こんにちは🙋🏻‍♂️🌟




藤巻無為™️です💁🏻‍♂️😃🌟




今日は遂に、私自身の、向精神薬に半ば振り回され続けて来た半生を綴ってみようと思い立ちました!



どうか、読んでやってください❣️🌟




「薬に溺れていた時期もあった、、、。」

これが、私自身の四半世紀近くにも及ぶ、薬害体験を一言で表した感想です。
向精神薬の恐ろしさを知らなかったとは言え、薬に依存し切っていた時期も間違いなくあったのですから、それはそれで「自業自得」と言わざるを得ない、と思います。
しかし、そう考える一方で、向精神薬の恐ろしさを一番、誰よりも熟知して、慎重に慎重を重ねて処方しなければならぬ医師の側の、余りの適当で、その場凌ぎな薬の処方の仕方にも憤りを覚えてならないのも事実です。
この医師=精神科医たちは、いちど増えた向精神薬を減薬するのが、どれほど大変な難業か?を本当に分かっていて処方しているのか??と思わず疑ってしまいたくなるほど、ずさんな処方をして来る医師は、これまで出会って来た内の半数以上に及びました。
彼らは自分が、どれだけの多量の薬を処方しているのかに注意を払っていない、若しくは関心が更々ない、要するに患者の体調など、自分が薬を出して儲かれば、どうでもいいという白々しい態度を取っている医師が殆どと言っても過言ではなかったのです。

或る医師は、私が「鬱が辛いです。」と症状を訴えただけで、その症状に至る前後の私の話など聞きもせずに、
「それでは、トリプタノールを処方してみましょう。きっと楽になれますよ。」
などと、いとも容易く抗うつ薬を出して来ました。
そして、その翌週辺り、そのトリプタノールがなかなか効かないと見るや、
「こんどはトフラニールをプラスしましょう。これは効きますから、もう大丈夫ですよ!」
と更に強い抗うつ薬を処方して来ました。
この医師は、自分が飲まされる立場になって考えた事がいちどでもあるのか?と疑いたくなる処方ばかり、いつもして来て、私はこの医師のお陰で「多剤カクテル処方」の犠牲者にされたようなものでしたね。
今に至るまで飲まされ続けている、デパケン=バルプロ酸ナトリウムやシクレスト舌下錠も、この医師の処方によるものです。

そして別の医師は、私が、
「夜、定刻になってもなかなか寝付けないのですが、、」
と窮状を訴えたら、
「それではこちらを飲んでみてください。」
と、睡眠導入剤でも何でもないセロクエルという非定型抗精神病薬を処方して来ました。
そして翌週、そのセロクエルが効かず、私がなかなか眠れないまま、と知ったその医師は、何を血迷ったか、一気にそのセロクエルを50mgを5錠にまで増量して来たのです。
これには本当に開いた口が塞がりませんでしたね。睡眠導入剤ではないセロクエルを増量さえすれば、患者は黙って寝付くとさえ思っていたのでしょうか。
しかも薬の増減の振れ幅が大き過ぎるでしょうが!?
この医師も
「どうせ薬を飲むのは自分ではなく、患者だから。」
とたかを括っていたのでしょうね。思い返すと本当に悔しいですね。

確かに、冒頭に書きました通り、私も向精神薬に依存し切って、医師の処方に任せるがままに服用をし続けてしまっていた時期も長くありました。
向精神薬の副作用などの本当の恐ろしさに無知だったから、というのが最も大きな要因ですが、、、。

そんな私の精神科医の診察に対して受け身で、依存し切った体質を変えてくれる出来事が、或る日起こりました。
今、通っている「風車」という居場所で、その風車主催の向精神薬の勉強会があり、それにひょんなことから参加する事になったのです。
向精神薬の怖さは、かねがね噂として伝え聴いてはいたものの、その勉強会に参加した事により、噂は一気に現実味を増して、私の上にのし掛かって来ました。
その勉強会に講師として来て頂いたN氏とその助手のAさんは、私の姿を見て、そして当時飲んでいた薬の量の多さに、
「よく五体満足で寝込まないでいられるものだ!」
と驚いていました。
その言葉を聞いてから、私は自分自身の服薬量が空恐ろしくなり、自分の命の為、是が非でも減薬に取り組みたい!と切に願うようになりました。
そして、とんでもない処方ばかりして来る当時のクリニックから、減薬に比較的協力的な現在のクリニックに直ぐ様転院しました。
その新しいクリニックでは、初診で何と一気に4種類もの薬を
「必要ないですから。」
と言って減薬してくれました。

しかし、その新しい医師も、私が余りにも減薬を焦り、急かすものですから、徐々に減薬に対しての態度が慎重になって行きました。
その慎重過ぎる姿勢に焦らされた私と、医師との間で口喧嘩になった事も幾度かありました。
そして私が自己判断で勝手に減薬して体調を崩し、医師に叱られるという事も幾度かありました。
しかし、その度に私は最初の風車での勉強会で出会ったN氏や、風車のスタッフの方たちの言葉を思い出していたのです。

「患者=当事者には失敗する権利がある。」

という言葉をです。

この言葉は本当に偉大だと思います。
当事者とその快復を信じて、主体性を持つ事の大切さを忘れていない者が初めて放つ事が出来る、力強い、当事者にとっては叱咤激励の言葉です。

だから私は、少しずつ、この言葉をお腹に落とし、自己の血肉と化して、それを減薬の成功を信じて、少しずつの道のりを歩んで来ました。

そして今年(令和2年)の4月9日に、生活保護を受給しての念願の一人立ちを果たす事ができて、一人暮らしを始める夢がようやく叶ったのも自信の上乗せとなりました。

なので、一人暮らしを開始した翌4月10日から、私はエビリファイという薬の減薬にも着手し始めて、それは今のところ何の悪影響も殆ど見られずに成功しています。
自信というものは大きいものです。
このエビリファイの減薬に際しても、私は医師に対して、
「何かありましたら、自己責任を取りますから。」
の一言で押し切ってしまいました。
以前の自分に自信のない私でしたら、到底できない荒技でした。
一人暮らしを始めて、生活が充足感に溢れているお陰で、減薬がどうのこうの、、と悩んでいる暇がないのです。
現在は吉竹農園というところで農業研修生として仕事もしていますし、この農作業の充実感も精神衛生上、減薬にも非常に良く、効果的な筈です。

でなければ、エビリファイを一気に半量(12mg)も減らす事は叶わなかったでしょう。

今後の私の夢は、また焦らずに減薬に取り組み続けて、いずれは断薬する事です。
それは決して絵に描いた餅ではない筈です。
何故なら、私のこれ迄の人生の軌跡が、減薬が無理な夢ではない事を既に証明してくれているからです。
私の夢とは、社会活動家として、自分自身の体験を通して、他の減断薬や精神障害で苦しんでいる方々の助け、支えとなる事です。
断薬を実現するには、先ずは無理せず、そして夢と理想を大きく掲げて、そこへ邁進する事だと思います!
夢と理想を持ち、そこに向かって前進する事こそ、減断薬の大きな起爆剤となってくれる事と信じます。




〜THE END〜





感謝感激🙏✨
藤巻無為™️より💁🏻‍♂️😃🌟



哲也さん撮影ブログ使用写真2020.5






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